カオハガン島の年の瀬

カオハガン島の年の瀬

今年2018年も、あと数日を数えるのみになってしまった。

カオハガンでいえば、年の暮れとは、年を越すというよりは、クリスマスのことのようだ。船で小一時間の、フィリピンの第二の都会セブまで出れば、クリスマスといえばコマーシャル。もう9月ころから、セールが始まり、賑わしさが漂っている。

しかし、カオハガンにはそんなものは感じられない。12月も第一週を過ぎたころから、会うと「メリー・クリスマス」が始まるが、ニコニコとした挨拶はいつでも当たり前のことだから、特に目立つといった感じでもない。

半ばを過ぎると、いくつかのグループが各家を回り、太鼓やギターを持って歌を歌う。ほとんどが「ハタギ・カミ・ピナスコハン(クリスマスのお祝いをください)」の歌だ。子どもだと10ペソ(22円)くらい、若者だと20~50ペソくらいを渡す。毎晩、夕食時には、いくつかのグループがやってくる。

ギターと歌のうまいグループがやって来て、一緒に行かないかと誘われた。ラムコークをいっぱい飲まされて、同行することにする。まずは、アルベルトの家。夕食時を過ぎているので、ドアーを空けてくれない。子どもがちょっと覗いて私の顔を見たら、奥さんが笑顔で出てきて20ペソを渡してくれた。村に入ったころには、けっこうもう20軒くらいは回っていて、そのお金でラムを買ったりして、もう大騒ぎの状態だ。途中からたくさんの人が加わって、もうどうしようもなくなってくる。踊りながら、歌を歌いっぱなし。もう、楽しいねえ。

19日には、私たちの会社で、従業員や関係者70人近くを招いてパーティをした。母屋の庭にテーブルと椅子を並べて、酒を飲み始める。校長先生のニーニャが大声で司会をする。何人かずつ中央に集まって、いくつかのゲームのようなことをする。

芝生の上にコーラの瓶を10本ずつ並べて、そこにストローを差込み、全部瓶を倒さないで入れ終わったら、また帰りにそれを一本一本抜いて戻って来る。

二人チームで新聞紙を敷いて、音楽が止まると、その上に二人で乗る。次は新聞紙を二つに折り、その上に乗る。だんだんと新聞紙のスペースが小さくなって来る。二人で乗れるスペースがなくなる。一人がもう一人を抱っこしたりする。もっと小さくなると、大騒ぎになる。

男性だけが五人の二つのグループで、買い物ゲームだそうだ。女性のワンピースを着て、20センチ位四方のボール紙を四つ、両脇と、片方の首の横、そして足の膝の間にそれを挟み、手には、傘を差し、バケツ、団扇を持って、10メートルくらい先まで歩いていって、戻ってくるのだ。よちよちよちよち、皆が大笑いになる。

さあ食事だ。豚が二匹殺されていて、一匹はレチョンに焼かれ、一匹はバラバラにされて煮物になっている。主食は、トマト味のスパゲッティ。大量にとってきて食べる。美味しいよう。

それからは大音響の音楽が始まって、皆で踊りが始まり、もう大騒ぎでどうしようもなくなる。途中で皆にギフトが渡され、じょじょに解散していく。

21日にはミサがあった。礼拝堂にはいつもより多くの人が集まり、牧師様も皆もニコニコと、笑顔と、楽しさを感じながら、ニコニコとミサを終えた。

皆が親しく、信じあっている、楽しい、安定した雰囲気を、心から感じてしまった。

次の朝には雨が降っていた。小止みになったので、数百メートル先のオフィースまで林の中を歩いていく。見上げると緑や、黄緑の木々の葉っぱが雨に濡れて夢のように美しい。あっ!真っ青なブルー。青い鳥、ナンヨウショウビンが羽根を広げて飛んで来て、木にとまった。えっ、と思ったらもう一匹。この鳥はいつも夫婦で飛んでいる。幸せだなあー。

Merry Christmas!

良いお年をお迎えください。

来年からは、最低でも月に一回、ホーム・ページを書いて、カオハガンのすばらしさを伝えていきたい。

よろしくお願いをいたします。

2018年12月23日

崎山 克彦