年号が変わる日の、私のお願い

明日からは「令和」だそうだ。
 私は、「昭和」「平成」を生きてきたが、この40~50年くらいはずっと海外で暮らしていたので、「平成」という年号はあまり使ったことがない。西暦を使っていた。でも、また年号が変わることには、やはり感激を感じてしまう。
 最近、天皇陛下が「平成の30年間、日本は国民の平和を希求する強い意思に支えられ、近現代において初めて戦争を経験せぬ時代を持ちました」と述べられたそうだ。すばらしい、おことばだ。
 海外に永く暮らして、私は、日本人ほど海外で愛されている国民はない、とはっきりと感じている。その理由を、大きな経済発展を成し遂げたからだという人が多いが、私は、そうは思わない。
 陛下のおことばの通り、戦後の70数年間を、戦争を放棄した平和憲法の下で、戦争をせずに、暮らしを高めてきた結果なのだと信じている。

 経済的混乱と、自然災害に振り回されて、「平成」はどうしようもなくだめな時代だった」と回顧する人も多いようだ。更に、「戦争に参加せず、すべてを金で解決する卑怯者」という印象を世界に与えている、という人もいるそうだ。そうして、憲法9条を改定して、自衛隊を海外へ派遣する準備が、着々と整えられているようだ。
 これからは、人工知能などテクノロジーの、「指数関数的」な発展で、2050年以前に、考えられないような時代がやって来るといわれている。
 そんな時代に向かって、日本がとる道は、憲法9条を死守し、平和を守り続けることだ、と確信している。自衛隊を解散させる。そして、世界の平和に貢献をする。
 「令和」を、絶対にそんな時代にしなければ。
 これが、大きな自然に包まれ、たくさんの文化を認め合って、皆で信じあって暮らしている、カオハガン島での、私のお願いです。

   2019年4月30日

    崎山 克彦

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